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高知地方裁判所 昭和53年(ワ)99号 判決 1981年12月23日

原告 横山三枝喜

<ほか一七二名>

右原告一七三名訴訟代理人弁護士 山原和生

同 土田嘉平

同 梶原守光

同 山下道子

同 戸田隆俊

被告 農事組合法人日高農場

右代表者理事 田中幸良

右訴訟代理人弁護士 徳弘寿男

右訴訟復代理人弁護士 山下訓生

主文

被告は原告らに対し、金七〇〇万円及びこれに対する昭和五三年四月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文同旨

二、本案前の申立

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

三、請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1  当事者

原告らはいずれも、高知県高岡郡日高村の村民であるが、原告番号一ないし三八の各原告は、同村長崎部落三九世帯中三八世帯の世帯主であり、原告番号三九ないし六一の各原告は、同村馬越部落二八世帯中二三世帯の世帯主であり、原告番号六二ないし一〇五の各原告は、同村石田部落四七世帯中四四世帯の世帯主であり、原告番号一〇六ないし一四六の各原告は、同村大川内部落四五世帯中四一世帯の世帯主であり、原告番号一四七ないし一七三の各原告は同村田福部落二八世帯中二七世帯の世帯主である。

被告は、肩書地に主たる事務所を有し、養鶏等を目的とする農事組合法人である。

2  公害防止協定の締結

原告横山三枝喜は本人として、他の原告らは原告横山三枝喜を代理人として、昭和五二年六月九日、被告との間で、別紙(一)のとおりの公害防止に関する協定契約(以下本件協定という。)を締結し、本件協定第三条の1について別紙(二)のとおりの覚書がかわされ、本件協定第八条1イの「別紙のとおり」の部分については、別紙(三)のとおりとする合意が成立している。

3  公害防止協定の違反

(一) 原告らの代表は、昭和五二年八月五日、本件協定第三条にもとづく養鶏羽数確認の実施と同第一〇条にもとづく養鶏場の施設及び操業状態の調査のため、立入調査を行なった。

ところが、被告には次の協定違反があることが確認された。

(二) 本件協定第二条2イには、「この為甲は必要にして且つ適切に処理する能力のある機械を設置し、且つ鶏糞を乾燥する際には密閉された場所において前記機械を用いて之を実施し、悪臭の拡散を防止することに最善の努力をしなければならない。」と規定されている。

これは、地域住民たる原告らの生活環境を被告の養鶏事業に伴なう悪臭から守るための規定である。

しかるに被告は、鶏糞の乾燥を開放された場所で行なっており、悪臭を拡散さしているのである。

(三) 本件協定第三条1には、「養鶏羽数は最大限度を八万羽とすること」と規定されている。

これは、原告らと被告との利害調整をはかるために、原告らが一定の譲歩をし、被告の養鶏事業の経営規模を現状に限定するための規定である。

しかるに被告は、前記立入調査の時点で、九万四六〇〇羽を養鶏していたのである。

(四) 本件協定第五条には、「騒音防止のため鶏舎の周囲(但し南面を除く)に騒音遮蔽設備として一米毎に高さ四米の樹木を植えなければならない」と規定している。

これは、原告らの生活環境を被告の養鶏事業に伴なう騒音から守るために、被告に対して一定の対策をとることを義務づけた規定である。

しかるに、被告は、前記立入調査の時点で、四メートルにはほど遠い樹木を、一メートル以上の間隔をおいて植えてあるにすぎない。

(五) 本件協定第八条には、被告の協定違反に対する原告らの違約金請求権について規定されている。

すなわち、原告らには、被告に本件協定第二条各号に違背したときには、一個の違反毎に金一〇〇万円、同協定第三条各号に違反したときには、一個の違反毎に金五〇〇万円、同協定第五条に違反したときには、一個の違反毎に金一〇〇万円の違約金請求権がある。

4  よって、原告らは被告に対し、前記各協定違反により本件協定第八条2、3、5にもとづく違約金合計金七〇〇万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、本案前の抗弁

1  本件協定は「高岡郡日高村沖名地区住民代表横山三枝喜」が当事者となって締結されているが、右沖名地区住民が横山三枝喜を同地区住民代表として選任した事実もなければ、また右横山三枝喜を同地区住民代表として選任する手続の法的根拠も全くない。

従って、単に同地区住民代表との表示があるからといって、右表示は一部の者の僭で、右僭称者と被告との協定の存在をもってただちに原告らが本件協定上の権利を取得する理由はない。

同地区代表者たりうる者は高岡郡日高村長であり、原告らは本件協定上の当事者になり得ないものというべきであるから、当事者適格を欠くものである。

2  左記原告らは原告ら訴訟代理人に対し、本件訴訟の提起を委任したことがないので不適法却下を免れない。

原告番号 氏名 原告番号 氏名

二六 恒雄こと山崎常男 四一 三本貞広

五一 矢野幸富 五三 大川内逸朗

六六 想都武義 七五 竹田廣美

八〇 隅田正一 九六 工こと岩井功

九九 隅田操 一〇四 竹田高

一二四 横山兼義

三、本案前の抗弁に対する認否

本案前の抗弁第1、第2項はいずれも争う。

四、請求原因に対する認否

1  請求原因第1項中、被告が原告ら主張のような農事組合法人であることを認め、その余は不知。

2  同第2項中、昭和五二年六月九日日高村沖名地区住民代表と称する原告横山三枝喜と被告との間で原告ら主張の本件協定が締結され、別紙(二)(三)の覚書が成立した事実を認め、原告横山三枝喜が右住民代表であることは争う。

3  同第3項について。

(一)号中、原告主張の立入調査のあったことは認める。

(二)号中、原告ら主張のとおり本件協定第二条2イの規定が存することは認め、その余は否認する。

原告らは「密閉された場所」に傍点を付して強調するが、本件協定の重要な意義は「悪臭の拡散を防止すること」をもって目的とするはずで、被告鶏舎は、合意した測定地点における悪臭が基準違反をした事実は一度もない。

(三)号中、原告ら主張のとおり本件協定第三条1の規定が存することは認める。

しかし右規定は、成鶏につき八万羽に制限する趣旨であり、たまたま調査時点で原告主張の羽数のなかに幼鶏が含まれていたが、右羽数が、成鶏となる歩止りを考慮すれば、八万四〇〇〇羽前後になるに過ぎない。

(四)号中、原告ら主張のとおり、本件協定第五条の規定が存することは認める。しかし、本規定は騒音を遮断し、騒音公害を防止することが目的で、他の設備により該目的を達する場合は、必ずしも被告を拘束する理由も、法的事由もないはずである。被告は、最新の設備によって規定条項以上の防音効果ある設備を設置して、騒音公害を防止しており、防止上の違反はない。

(五)号は認める。

4  請求原因第4項は争う。

五、抗弁

1  本件協定の違約金条項(第八条2、3、5)は国法上の公害規制法規による規制をはるかに超えて被告の業務執行を不当に圧迫するもので、職業選択の自由(憲法第二二条第一項)、財産権の不可侵性(同法第二九条第一、第二項)、及び公害規制法規に反し違法無効である。

(一) 本件協定第二条2イ、第五条、第八条は悪臭防止法または騒音規制法に定める規制をはるかに超えた不当な規定である。

イ 即ち悪臭防止法は、住民の生活環境を保全するため悪臭を防止する必要があると認められるときは、県知事が町村長の意見を聴取したうえで、規制地域及び規制基準を定める権限を有し(同法第三条、第四条、第五条)、規制地域内に事業場を設置している者は、その規制基準を遵守しなければならない。

そして右基準に適合しない場合、知事は「相当の期限を定めて、その事態を除去するために必要な限度において、悪臭物質を発生させている施設の運用の改善、悪臭物質の排出防止設備の改良その他悪臭物質の排出を減少させるための措置をとるべきことを勧告することができる」のであり、しかもなお従わないとき、はじめて知事は「相当の期限を定めて、その勧告に係る措置をとるべきことを命ずることができる」ものである(同法第八条一、二項)。しかも「小規模の事業者に対して第一項又は第二項の規定による措置をとるときは、その者の事業活動に及ぼす影響についても配慮しなければならない」ことが要求されている(同条五項)。

ロ 騒音規制法も亦、事業場における事業活動による騒音規制と、生活環境保全及び国民の健康保護とに関して、前段と同様の規制地域、規制基準の設定、改善勧告及び改善命令、小規模事業者に対する配慮等の諸規定が法定されている(第三条、第四条、第一二条、第一三条)。

ハ 右両法における知事の改善命令違反の場合(悪八Ⅱ、騒一二Ⅱ)始めて、懲役一年以下又は一〇万円以下の罰金に処せられるものである。

(二) また、本件協定第三条1は、原告らが被告に対し公害防止に関する諸法規違反の事実とは無関係に単に羽数を制限し、あるいは法上の根拠なくして鶏舎拡張禁止をするが如きは憲法第二二条一項の職業活動の自由の保障に違反する条項であり、違約金の規定と相まって、刑法第二二三条一項にいわゆる「人をして義務なきことを行わしめ」て、政府資金を借入れられなければ、倒産の他はない被告法人をして協定条項を作成したもので、本件協定第三条各号はもちろん、第八条3の違約金規定も亦無効という他はない。

(三) 本件協定第五条は「騒音防止のため」との条件付であり、かつ、その騒音防止は騒音規制法の適用を受けるものであり、該法律違反の条項を勝手に作成しても、その適用を受けるべき理由はない。

目的が右法律違反による騒音を防止することにあるにかかわらず、右騒音規制違反とは因果関係なく樹木の間隔が一〇cm、あるいは高さが五cm足らずとも、違反毎に金一〇〇万円を支払わねばならない違約金規定が不当であり、公序良俗違反であることはまた疑いをいれないところである。

2  仮に本件協定違反の事実があるとしても、右違反は原告らの受任限度の範囲内にあり、実質的にも違法性がなく、違約金を支払うべき理由はない。

(一) 被告法人が成立したのは昭和五一年二月七日である。

原告らは被告法人成立前の事由を累述しているが、法人と個人との責任を区別すべきである。被告法人成立前の昭和五〇年台風時の悪臭、汚染を強調するが、本件被告には関係がない。

(二) 被告法人工場は、いわゆる田畑のど真中であり、直線距離で最も近い長崎部落の一部まで約四〇〇メートル、大川内・馬越部落まで約五〇〇メートル、石田・田福部落まで約七〇〇メートル、沖名部落まで約一〇〇〇メートル各前後以上の距離があり、隣接家屋はない。

(三) 昭和五二年被告法人は最新、最高の設備による養鶏場を完成し、その設備は西日本一といっても過言ではない。

右工場新設後、昭和五二年度中に悪臭が基準値を超えた事実はない。

(四) 以上のように、被告法人が新鶏舎設備以降は、被告鶏舎内において臭気はあっても、数百メートル以上離れた周辺の原告らに健康被害をおよぼす影響は殆んどないといっても過言ではない。

六、抗弁に対する認否及び反論

1  抗弁第1、第2項はいずれも争う。

2  本件協定は、個人意思の自治(契約の自由)の範囲内に属し、公序良俗に反するものでもなく、完全に有効なものである。

(一) 本件協定は、昭和四八年以降、いわば被告の前身である訴外田中幸長経営の養鶏場により、悪臭、鶏糞流入等の被害を受け続けた原告らが、これらの公害を絶滅し、従前の自然環境、生活環境を回復するための地域住民運動をねばり強く積み重ねることによって獲得されたものである。

被告は、権利主体として、被告とその前身とは異なる旨主張しているがそれは自明のことであり、原告らが主張しているのは、被告及びその前身とも、右訴外田中が実質的経営者であるとの社会的事実であり、権利主体が形式的に変動しようとも、加害基盤の同一性は変らず、しかも、その前身の当時からの住民運動も継続されているということである。

(二) 公害防止協定の締結は、昭和五一年八月、まず、被告から申し入れられた。これは、被告が当初、原告らよりも公害防止協定の締結に積極的な姿勢を示し、真意はともかく、外形的には、公害防止に努力する意図のあったことをうかがわせる。

その後、原告らと被告との間では、双方から公害防止協定案がもち寄られるなどして、本件協定が成立した昭和五二年六月九日まで、約一〇か月間をかけて、意見交換、討議等がなされたものである。

そして、原告ら及び被告は、それぞれ自由な意思決定の下に、本件協定に合意し、その成立をみたものである。

原告らと被告との間の、本件協定成立へ向けての交渉には、ほとんど、日高村の担当者も立会っており、その担当者も、本件協定は、原告らと被告とで、お互いの利益に反する部分はあるけれども、双方が十分意見を述べ納得したうえで、了解できる線が煮詰っていき、成立をみたと認識しているのである。

このように、本件協定は、原告らと被告との間の真剣かつ真摯な折衝を通して、双方の任意の意思により合意され締結されたものであるので、具体的権利義務条項は当然のことながら契約であり、法的にも拘束力をもち、強制力をもつものである。

(三) 本件協定は、前述のとおり、原告らと被告との任意の合意により成立したものであるが、その内容に関しても、何ら公序良俗に反するものではない。

本件協定において、被告が負担する具体的義務は、それを遵守してもなお、十分被告の経営が成り立ちうるものであり、不当にその経営を圧迫するものではない。そうであればこそ、被告もこれに任意に同意し、日高村の担当者も立会ってきたものである。このことは本協定成立当時は、被告代表者も、本件協定各条項を遵守する意思を有していたと述べていることからも明らかである。

たとえば、本件で問題となっているのは、鶏糞乾燥を密閉された場所で行うこと、羽数制限、騒音遮蔽設備としての植樹であるが、いずれをとってみても、被告に過度の経済的負担を課するものではなく、被告が誠実に実行しようと思えば、容易に遵守し得る程度のことである。

原告らとしても、従前の自然環境、生活環境を完全に回復しようとすれば、被告の操業を直ちに停止させ、更に、既に汚染されている部分を復元するための措置もこうじさせることまで必要となるのであるが、それまでは要求せず、被告の経営の存続を前提として、被害の発生を未然に防止するとの観点から、譲歩も妥協もしているのである。しかし、一旦、原告らと被告との間で合意された被告の具体的義務については、その遵守されるべきが当然であり、しかも誠意がありさえすれば容易に遵守できる内容であるから、これの不遵守について違約金を定めても不当でも何でもない。

被告は、既存の公害法制の規準よりも、本件協定に定められた義務が過大である旨主張している。しかし、一般的規準よりも、具体的当事者間での取決めが具体的でかつ細部にわたるのは当然であり、被害者(原告ら)として、単に規準値のみを目安とするのではなく、更に具体作為(不作為)義務を加害者(被告)に課そうとすることは、当然である。

しかも、本件協定成立によって、被告に課せられた具体的義務は当の義務者たる被告において、これを負担することに同意しているのである。

公害防止協定において、既存の公害法制の規準等をこえる義務を設定しても効力が無いというのであれば、公害防止協定を締結する意味は全くない。なお、被告と日高村との公害防止協定にも相当具体的義務が定められている。

以上のことから、本件協定は、原告らと被告との利害の調整のうえに成立しており、被告主張の如く、その財産権を侵害するものでも、営業活動の自由を侵害するものでもなく、公序良俗に反するものでもない。

第三証拠《省略》

理由

一、本案前の抗弁第1項について検討するに、《証拠省略》によれば次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

高知県高岡郡日高村沖名の五部落(長崎、馬越、石田、大川内、田福の各部落)の住民は、各部落代表者を中心として昭和五一年三月頃から被告法人の養鶏場からの公害(悪臭)を防止する運動を行ってきたが、本件協定締結を控え、本件協定締結後も被告その他の企業を監視しながら地域の自然と環境を守り、生命と生活を脅かす諸々の事態に対応するため住民の力をあわせるという目的で、住民組織を発足させることに合意し、昭和五二年五月一七日沖名地区公害対策会議を結成した。

右公害対策会議には五部落の世帯主である原告ら一九三名が参加し、その代表者として原告横山三枝喜が選任された。同年六月九日原告ら一九三名を代表して横山三枝喜が被告と本件協定を締結した。因みに右公害対策会議に参加していた原告らは、長崎部落三九戸のうち三八戸、馬越部落三五戸のうち二三戸、石田部落四七戸のうち四四戸、大川内部落四五戸のうち四一戸、田福部落二八戸のうち二七戸であった。被告は横山三枝喜を沖名地区住民代表と認めて本件協定を締結し、同人が沖名地区住民代表として本件協定を締結することに疑いを抱くことはなかった。

右認定事実によれば、本件協定の住民側の当事者は原告横山三枝喜及び同人を代理人としたその余の原告らと解するのが相当である。なお本件協定の当事者欄には「沖名地区住民代表横山三枝喜」と記載されているので、被告代理人主張のように「沖名地区住民代表」とは「沖名地区住民全員の代表」と受取られる余地もないではないが、同地区の世帯主の大部分を占める原告ら一九三名の代表として「沖名地区住民代表」と表示したものと解するのが、本件協定締結にいたった住民側当事者の実情にそったものというべきである。

従って、原告らが当事者適格を欠くものとは言えず、本案前の抗弁第1項は理由がない。

二、本案前の抗弁第2項について

1  《証拠省略》によれば、原告矢野幸富、同想都武義、同隅田操、同竹田高、同横山兼義は原告ら訴訟代理人に対し本訴の提起を委任していることが認められる。

右認定事実に反する乙第一、第二号証は、右原告らの署名押印があるけれども、同号証はいずれも証明書(第一枚目)と署名者欄(第二枚目以下)との間に契印がなく、従って署名者がどのような趣旨で署名したのか書類上必ずしも明らかでないなど前掲甲号証に比べ信用性に乏しく採用できない。

さらに右認定事実に反する証拠はない。

2  《証拠省略》によれば、原告山崎恒雄、同三本貞広、同大川内逸朗、同竹田廣美、同隅田正一、同岩井工はいずれも原告ら訴訟代理人に対し本訴の提起を委任したことが認められ、これに反する証拠はない。

乙第一、第二号証の右原告ら作成部分は真正に成立したと認めるに足りる証拠はない。

3  右1、2によれば本案前の抗弁第2項は理由がない。

三、請求原因第1項は、《証拠省略》によってこれを認めることができ、右認定事実に反する証拠はない。但し、馬越部落の全戸数は三五戸であった。また被告が原告ら主張の農事組合法人であることは当事者間に争いがない。

四、同第2項は、原告らが本件協定の当事者であった点を除き、その余の事実は当事者間に争いがない。原告らが本件協定の当事者であったことは前記一で述べたとおりである。

五1  同第3項(一)の立入調査があったことは当事者間に争いがない。

2  同項(二)のうち、本件協定第二条2イに原告ら主張の規定が存することは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、被告は、原告らの立入調査のとき、鶏糞処理工場で同工場の窓を開けて鶏糞を乾燥していたこと、原告らが、右事実は本件協定第二条2イ違反である旨指摘したのに対し、被告は原告らに対し、同工場で働く人のため窓を密閉して鶏糞の乾燥を行うことは不可能である旨答えていることが認められ、これに反する証拠はない。

被告代表者は、本件協定第二条2イの「密閉された場所」とは、鶏糞を乾燥させる際鶏糞を密閉して乾燥させることを定めた趣旨で、鶏糞は乾燥機に密閉して乾燥させているから同条項に違反していない旨供述するが、同条項の記載文言に照らし採用できない。

右認定事実によれば、被告の同条項違反は明らかである。

3(一)  同項(三)のうち、本件協定第三条1に原告ら主張の規定が存することは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

被告法人の鶏舎は七棟(二階建部分)あり、一棟当り一六列となっているが、原告ら代表は立入調査の際、各棟の四列のうち各ケージの鶏の欠けている羽数を数えて、その平均をとって全羽数を算出するいわゆる抜取検査の方法により計算したところ、約九万四六〇〇羽(平家建の南鶏舎、西鶏舎の羽数を含む)の鶏が飼育されていた。被告は原告らの羽数制限違反の指摘に対し、昭和五二年一〇月末頃までには大量の大雛が県外からの移動のストレスで死亡するので数が落ち込み、一〇月末頃には数が激減し八万羽維持となる旨回答していた。日高村も被告との間で原告らと別個に公害防止協定を締結し、養鶏羽数は最大限度八万羽とする旨合意していたが、昭和五三年九月二四日村及び原告らの代表の立入検査の際も羽数制限違反の事実が認められたので、日高村は被告に対し養鶏羽数が常時八万羽を超えているので協定を厳守するように行政指導したことがあった。

(二)  被告代表者は、右羽数制限は成鶏の羽数制限で幼鶏はこれに含まれないと供述するが、前掲証拠に照らし措信できず、また本件協定にもそのように解釈すべき文言は見当らないので採用できない。

また、被告代表者は原告らの立入調査の際、八万四〇〇〇羽(別紙(二)の覚書で時期的状況により一時的に許された羽数)以内であった旨供述するけれども前掲証拠に照らし措信できず、他に右認定事実を覆すに足りる証拠はない。

よって被告の羽数制限違反は明らかである。

4  同項(四)のうち、本件協定第五条に原告ら主張の規定が存することは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、被告法人の鶏舎の周囲(南面を除く)には樹木(サンゴ樹)が植樹されていたが、前記昭和五二年八月五日の立入調査の時は右樹木の高さは約二・五メートルであったこと、昭和五四年一月二六日当裁判所の検証時においても各樹木の間隔は不揃いであるが、大体において一メートル内外で、樹木の高さは二・六メートル内外であったことが認められ、これに反する証拠はない。

《証拠省略》によると、被告代表者は四メートルの樹木を大量に注文することは難しいのでできるだけこれに近いもの(三ないし四メートル)を植樹させて欲しい旨申入れ、原告らの承諾を得たというのであるが、《証拠省略》に照らし措信し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。仮に原告らの右承諾があったとしても、原告らが立入調査時に植樹されていた樹木が右申入よりも低いものであるから、この点からも被告代表者の供述は採用できない。

次に被告代理人は本件協定第五条は騒音公害を防止することが目的であるから、右目的が他の設備によりその目的を達成している場合は必ずしも四メートルの樹木を植える義務はない旨主張するが、右規定は現実に騒音公害が発生したときになって始めて被告が四メートルの樹木を植える義務を負うにいたる趣旨ではなく、騒音公害発生の有無にかかわらず騒音公害の発生を未然に防止するため騒音遮蔽設備として被告に右樹木の植樹義務を負わせる趣旨と解するのが相当であるから、右主張は採用の限りでない。

右認定事実によれば、被告の本件協定第五条違反の事実は明らかである。

5  同項(五)は当事者間に争いがない。

六、抗弁第1項について

1  本件協定は契約自由の原則が支配する私人間で合意されたものである。悪臭防止法及び騒音規制法は国ないし地方公共団体が公権力の行使に際し準拠する法律であって、私人間で締結した公害防止協定が右法律に準拠しなければ効力を生じないとする根拠は見出せない。また憲法第二二条第一項(職業選択の自由)、第二九条第一、第二項(財産権の不可侵性)は私人間の法律関係を直接に規律するものではないから、本件協定が同法条に違反し無効との主張も採用できない。

2  《証拠省略》によれば次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

被告代表者田中幸長は個人で養鶏業を営んでいたが、昭和四八年春野町から日高村沖名地区に養鶏場を移転した。その頃から鶏糞処理に伴う悪臭が発生して近辺住民の不快感を催すことがあったところ、昭和五一年四月原告らは右養鶏場の拡張計画を知り、日高村村議会に対し、養鶏場拡張反対と悪臭防止の行政指導をする旨、四五〇名の署名陳情を行った。田中幸長は、昭和五〇年八月の台風五号の浸水により養鶏場が水没し、約八万羽の鶏が全滅したので、再起をはかるべく昭和五一年二月七日被告法人を設立して事業拡大を計画した。そしてその資金として農林漁業金融公庫から多額の融資を受ける必要があったが、その融資先より近辺住民との公害防止協定を結ばないと融資ができない旨告げられたので、同年八月頃原告ら住民と公害防止協定締結の話合に入った。被告は同年九月台風一七号により被告法人の養鶏場は水没し鶏全部が死滅する被害に遇った。また原告ら住民も浸水による被害のほか多量の鶏糞が流れてくるという被害を受けた。原告らの苦情により、被告は従業員に鶏糞流出地の家屋の周囲を消毒させたこともあった。被告は右台風被害により多額の融資を受けなければその経営が極めて困難となったため、早急に右融資の条件である公害防止協定締結の必要に迫られ、他方原告らも悪臭やハエの異常発生等の公害を防止するには公害防止協定が有効であるとの判断から、さらに村当局からも右協定を締結する旨の強い働きかけもあって、同年一二月二七日、融資先の融資の枠を押えるため、日高村沖名住民代表横山三枝喜と被告の間で、公害防止に関する公正証書を昭和五二年一月一五日までに締結する旨合意した。約一〇か月間にわたる度重なる交渉の末同年六月九日本件協定が締結された。本件協定の違約金条項は被告が本件協定による義務を確実に履行させることを目的として定められたものである。本件協定の条項作成には日高村役場の産業経済課長がほとんど関与していた。そして被告は農林漁業金融公庫から二億円の低利融資を受けることができた。被告代表者も本法廷において、本件協定に違反していれば違約金を支払う旨述べ、違約金条項そのものの効力を否定していない。

右に認定した本件協定締結に至る経過及び本件協定の内容に照らせば、本件協定の違約金条項は財産権の保障、職業選択の自由を不当に妨げる協定(契約)として公序良俗に反するものでないことは明らかである。

七、抗弁第2項について

《証拠省略》及び本件協定の内容によれば、本件協定の違約金条項は、公害の発生(特に悪臭)を防止するため被告が最善の努力をすることを前提として本件協定第二、第三条、第五条の義務を負担し、その確実な履行を確保するため規定されたものと解されるので、仮に悪臭が行政法規に定める基準値を超えず、また原告らの受忍限度の範囲内にあったとしても被告の右義務違反の違法性を阻却するものではない。

(なお、《証拠省略》によれば、高知県が被告法人の敷地境界における悪臭物質検査を行ったところ、昭和五四年六月一九日、九月二五日、一〇月八日、一一月六日、昭和五五年一月二二日いずれも悪臭防止法第四条第一号等で定める規制基準に違反していることが認められる。)

八、以上の次第であるから、原告らの本訴請求は理由があるので認容することとし(訴状送達日の翌日は昭和五三年四月九日であることは本件記録から明らかである。)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 馬渕勉)

<以下省略>

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